職員のための医学講座
論文の書き方
聖隷おおぞら療育センター顧問 横地健治
自分達が未知の領域で新しい発見をしたならば、これを世に知らしめることは、世の人達の利益になり、自分達の名誉、さらに利益にもなる。学問の中で、新知見を発信する形式が「論文」である。重症心身障害療育の現場での新知見を世に問う場が、本誌「重症心身障害の療育」である。施設職員が新知見を論文の形式で発信するには、いくつかのルールがある。以下にその要点を述べる。
研究の学問性
学術論文であるためには、以下の学問性を担保せねばならない。
まずは、独創性があることである。既に報告されていることを、自分の発見だとして論文にすれば、それは盗作ということになる。このためには、過去の同研究の総括が必須となる。このことは、重症心身障害療育の領域に限れば、必要度は低いであろう。過去の蓄積は多くないからである。この領域で問題となるのは、誰かの指導下に実践したら良かった、という内容のものである。真理を知る誰かを認めたら、独創性を否定しているので、学術論文としての意義はないことになる。
次に、再現性があることである。読者が追試できる具体的内容が記載されていなければならない。これは、次の実証性に繋がる。
さらに重要なことは、実証性があることである。著者の思い込みではなく、真実であるとの証明がされなければならない。多くの科学論文で、このために使われるのは、数値化された結果の統計処理である。これが、信頼性が高い実証性の証明であると一般的に認知されている。これが、適用できるのとしては、標本と母集団の関係のある多数例の研究である。1例から得られた多数の計測値にこれを適用することはできない。
重症心身障害療育の研究では、結果が観察者の定性的評価となることが多い。この場合は、複数の観察者の一致率が高ければ、実証性ありとすることができる。
論文の構成
研究論文では、「要旨」・「はじめに」・「対象」・「方法」・「結果」・「考察」の構成とするのが一般的である。この後に「結論」を付けることもあるが、本誌では勧めない。対象と方法を分けるのが困難な場合は、「対象と方法」としてもいい。どうしても、この区分になじまない研究では、独自の項目立てをしてもいい。ただし、論文の構成は単純でなければならない。
事例報告論文の構成は、「要旨」・「はじめに」・「事例報告」・「考察」である。
投稿論文ファイルの構成
論文を投稿する時は、テキスト部・表・図の構成とする。
テキスト部はWordファイルで、「タイトル」・「要旨」・「はじめに」・「対象」・「方法」・「結果」・「考察」・「文献」・「図説明文」の順に記す。この区分がわかるように改ページをするか、スペースを空ける。なお、「本文」という場合は、「タイトル」・「要旨」・「はじめに」・「対象」・「方法」・「結果」・「考察」を指す。事例報告論文もこれに準じる。
表は、ExcelかWordファイルとする。タイトルや脚注は、このファイルに含めて記す。
図は、JPEGファイルとする。図の名称(「図1」など)は、このファイル名として示す。図のタイトルは、「図説明文」で記す。図内にテキストを付けないのが原則である。必要なら、図中にマークを付けて、「図説明文」にその説明を記す。図はモノクロとする。複数の図は、できるだけ、ひとつにまとめる。その場合は、その左上部に名称を付け(「A」など)、図説明文でその記号(「図1A」など)を使って説明する。
要旨
「要旨」は、本文を読まない人のものである。本文を読まないとわからないもの(本文で定義された略字など)があってはならない。本文のすべて(はじめに・対象・方法・結果・考察)が記されてなければならない。最近の医学雑誌では、見出し付けを求めることが多いが、本誌は求めない。ただし、これを付けることは妨げない。改行はせず、一段落にまとめるものとする。このように、本文のすべてを含むものなので、論文執筆の際は、最後に書くものである。
はじめに
この研究の背景と目的を記すのが「はじめに」である。まず、この研究テーマに関する過去の研究をまとめ、その限界を明示する。それを示す文献を付けるのが原則である。個人名を挙げた伝聞調(△△は「・・・・・・」と言っている)は、過去研究の限界を示す意味はないので、使ってはいけない。なお、重症心身障害療育の分野で、付けるべき文献がなければ、無理に付けなくてもいい。
過去の研究の限界を越えて、この研究では何を解明しようとしているかを記す。検証したい仮説があるなら、それを明示する。その目的のための研究方法を一言で記す。
例文: ・・・・については、・・・・・・・・・・・が知られている(文献番号)。しかし、・・・・・・・・・は未だ不明である【現在形】
そこで、・・・・・・・・を明らかにするため、・・・・(対象)の・・・・・(方法)について調べた。【過去形】
対象
対象は、文章で書くのが原則である(過去形)。箇条書きにすると、強調する意味が付与されるからである(論文全体の中では、重要度は低い)。文章では書き切れないなら、表とする。年齢、性は必須である。少数の対象者では、脳病変の医学的診断を記す。障害程度は記す必要がある。その場合、横地分類は推奨する。その他、この研究独自の関連事項を記す。
例文: X名(男Y名、女Z名)を対象とした。年齢はX-Y歳(中央値Z歳)であった。脳障害原因は、先天性疾患X名(Rett症候群Y名、・・・・)、周生期脳障害X名(成熟児低酸素性虚血性脳症Y名、早産脳障害Z名)、頭部外傷後遺症X名、急性脳症後遺症X名、・・・・であった。横地分類では、A1がX名、A2がY名、・・・・であった。【過去形】
方法
箇条書きではなく、文章で書くのが原則である(過去形)。文章では書き切れないなら、表とする。何時の研究かは記す。「研究期間」として項目立てはしない。読者が追試できるように、具体的に記す。方法が、利用者との関わり方や介助法なら、それがどの程度完遂されたかを評価することも、方法に含めて記載されねばならない。例えば、職場会議で△△を決めて、こうなった」だけでなく、「決めたことが〇〇程度実践された」も加える。
測定機器を使う場合は、その機器の商品名、その測定方式を記す。また、その測定法を詳述した文献を付ける。
観察者の評価の場合は、評価項目を明示し、項目ごとに評価する。多数者の評価を採用し、一致度の高さでその信頼度をみる。
例えば、2者選択ならば、3名評価で、2名以上の一致した評価を採用する。そして、一致率を記す。
結果
論文の中で、最重要部はこの部である。結果は、方法に対応させて記す。方法と対応のないものは記してはいけない。図・表で示すのがよい。図表の内容を文章で二重記載すること、同一の内容を表と図で二重記載することはいけない。ただし、考察につながる要点のみは文章でも記す。結果の解釈はここで記してはいけない(「考察」で記す)。
表・図
表・グラフともシンプルがよい。書き込み・飾りの挿入は必要最低限とする。
表のスタイルは、雑誌のスタイルに統一される。本誌では、原則として、横線だけになる。
1例で複数回検査した場合は、その推移をグラフ化すればよい。再検値がある場合は、信頼度のある1数値のみを採用する。
グラフ以外の図は必要最低限とする。本誌は、顔は極力載せない方針である(同意があっても、目隠ししても)。
考察
「はじめに」で記した目的の答えを、結果を根拠にして、考察の中で記す。その結果、この研究が、過去の同研究をどう発展させたかを記す。この時、過去の研究を、個人名を挙げて伝聞調で記してはいけない。個人名を挙げるのは、独自の考えを持っている人に限る。 次に、この研究テーマをさらに発展させるには何をすべきかを記す。本研究テーマと直接的関係のないことは記してはならない。考察の最後の段落は、本稿の結論を記す。これを結論として、考察の後に項目立てることを本誌では勧めない。また、結果と無関係な決意表明を記してはならない。
良い文章
欧米では、“concise and clear(簡潔かつ明瞭)”は論文の文体に対する最高の賛辞とのことである。このことは、日本では欧米ほどには意識されていないようであるが、良い論文の必須の要件である。以下の点を遵守されたい。1)長文にしない、2)過剰な項目立てはしない、3)飾り文字(カギ括弧、アンダーラインなど)は極力使わない、4)業界の符帳や隠語は使わない、5)繰り返し記載はしない。